会社やってます!

経営者です ! !

連載5本抱えて作家やってた時の6倍くらい稼いでます ! ! !

今がめちゃくちゃ稼いでるってわけではなくて、作家というのがまったく稼げないんです ! ! ! !

 

昨日はスイッチ入って夜中3時まで仕事してたけど、

(鬱とは真逆のスイッチが入ると、風呂場の壁のカビ取りまでしてしまう…)

ようやく月額最低目標額の売り上げ400万円超えたんで、ホッとひといきついてます。

ドーパミン出まくりなので、昼からビール飲んでカームダウンしています。

コロナで大打撃受けてて、売り上げ平均350万円を下回ると、赤字になっちゃうんで、そうすると自分の給料を減らして補填しなけりゃいけないんですよねー。

借金いやだから。

 

   *

 

よく、人から

「51歳で会社を立ち上げて、きちんと利益出してて偉いですねぇ」って言われますけど、

ハッキリ言って、実は、

本を1冊書き上げるほうが2倍難しいです。

本を1冊書き上げて出版することのほうが5倍難しいです。

本を1冊書き上げて出版して、増刷するほうが20倍難しいです。

(現在の出版業界の現状では、増刷しないと、1年かけて本を1冊書いて、印税として貰えるお金は30万円〜60万円。有名芸能人の本でも同じ。超売れっ子の作家の本でも、多くて200万円くらい?わからんけど。増刷する確率は、平均で5%、文芸だと2%くらいかな。びっくりでしょ?)

 

会社経営のほうが、ずっと簡単です。(だからやってる)

会社経営で食っていけてる人は日本中に何千人(もしかして何万人?)もいるけど、

文芸作家で食っていけてる人はおそらく日本中に50人くらいしかいないからね。

芥川賞もらってても苦しい友人いるからね。

 

   *

 

たまに「書いたもの読んでもらえますか?」って若い人に言われることがあるし、

(…というか、そういう相談を受けたからこれ書いてるんだけど笑 以前、勤めてた時はライターをたくさん雇ってたので部下からよく言われた。いい部分と悪い部分の個人的な感想を率直に言うけど、少しでも悪いこと言うとみんなガックリするので、もう言わない。つまりみんな絶賛を期待してるらしい)

 

「才能があってもデビューできるかわからないし」って言ってる人もいるけど、

 

本を書く才能があって、デビューできない人なんて、一人もいませんよ。

「才能がある」っていうのは、つまり、「プロになれる」ってことだから。

なれない人は、つまり才能がないんですよ。

次男に訊かれて「才能とは?」について答えた時に思ったんですけど、

「才能」って、

(素質+素質+素質+…)×モチベーション = 才能

だと思うんですよね。

「絶対にあきらめない」っていうモチベーションの強さは「才能」の必須項目なので、それがあって、素質が確かなものならば、必ずデビューはできると思います。

「運」とかは、関係ないですね。

 

雑誌のライターのバイトやってた時、いろんな成功者のインタビューしてて思ったんだけど、

「才能のある人がデビューする以前」って、

「当選番号の書かれた宝くじを持ってる人」なんですよね。

つまり「確信」があるわけ。

でも、その「宝くじの換金所」はエベレストの頂上にしか、ないわけ。

でも、その当たりくじをゴミ箱に捨てるわけにはいかないから、

「しかたなく」長い年月と努力を払って、冬山高地登山のトレーニングをしてるわけですね。

才能がある人って、それを楽しんでいることは事実だけど、

それと同時に「やれやれ、しかたない、やるしかないか」って気持ちがあると思います。

 

   *

 

それでも食い下がってきて、

「でも、文芸の賞とかに投稿してるけど、埋もれてしまうのかもしれないし…」

とか言う人もいるけど、

僕も文芸賞の審査員もやったし、下読みのアルバイトもやったことあるけど、

選考に立ち会う人も、そこまでバカじゃありませんよ。

下読みのアルバイト(新人作家に声かけられる)の時でなく、

きちんとした審査員の時は、編集者が2回選考して残った50の原稿を読む最終選考だったんですけど(つまり3回くらいふるい落とし作業があるわけですね。下読みバイトの時は200くらい読んだ)

2回も選考に残った50の原稿なのに、そのほとんどは「読むに耐えない」っていう印象でした。

ほんと「宝石」とは言わないまでも「原石」ですら、僕の場合100のうち3つくらいでした。(結局その3冊が出版されたし、他の審査員も同意見でした。1位を決めるのはモメるけど、候補となると、だいたい同じです)

 

不安なら「持ち込み」をすればいいんですよ。

私はそうしましたし(「信じていた」という感じですらなく)必ず出版されると普通に思ってたので、

「どうせ出版されるならいい出版社にしよう」と思って「持ち込みする出版社のリスト」を作って、いちばん上の新潮社に送ったら、2日後に電話がかかってきて、3日後にはお会いしてもう出版が決まってました。(「上海の西、デリーの東」というウブなヤツですね)

 

才能ある人の原稿は「必ず」読まれて、

「必ず」返事をもらえます(たとえ書き直しになろうとも)

たとえ、なんらかの不幸な事情で編集者が読まなかったとしても、

2社、3社に送れば、才能のある人なら、必ず返事をもらえます。

 

考えてもみてください。「半沢直樹」を出版社に持ち込んで、断る編集者がいると思いますか?

(「あれは別格だよ」と思うのなら、キミの才能は「中途半端だ」ということですね)

 

あのね、出版社の編集者っていうのはね、

「出版できる原稿」ってものを喉から手が出るほど血眼で欲しているの。

「売れる原稿」ですらなくてもいいの。出版できるの。(俺の兄がこのあいだ本書いて出版した)

一歩譲って

「出版に耐えうる原稿」でもいいの。

いろいろ直したり編集し直したりしたらいいだけだし、そこが編集者としての腕の見せどころでもあるので。

 

つまり、持ち込みをしない、文芸賞に応募しても不安、というのは、

つまり、自分の才能に自信がないということですね。

だって「才能」って、つまり「揺るがない自信を持っている能力」ということですから。

 

もしキミがそれを持っている自信があるのなら、

デビューは必ずできます。

でも勝負はそこからです。デビューは、ただのスタートラインです。

 

その気があるのなら、ぜひ頑張ってください。応援しています。

 

   *

 

え? なんで作家をやめたのかって?

 

そりゃ、「物語(ストーリー)」を紡ぎ出す「才能」がなかったからですよ 笑

 

エッセイならなんとか食えていけたと思うんだけど、

エッセイストは、鬱病患者だらけなんですよねー。

日々の生活の24時間の「すべて」がネタ探しになっちゃうんで、旧来の友人と酒飲んでても、気づくとメモ帳にになんか書いてるし 笑